信州の山奥で猫と犬と暮らす

アクセスカウンタ

zoom RSS 碓氷貞光の力もち

<<   作成日時 : 2015/03/02 15:53   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

先日、前橋にあるコストコへワイフと一緒に
行ってきました。車で高速道路は使わずに
一般道を通って軽井沢から、18号線の旧道を
碓氷峠(うすいとうげ)を通って狭い曲がりくねっ
た山道を走りました。
80箇所以上あるカーブを抜けたところに、
玉屋ドライブインという店が一軒だけあって
そこで有名な「碓氷貞光の力もち」を買うこと
ができました。

画像


画像


その力もちの包装紙に書かれていた文章
です。

名物 碓氷貞光の力もち

 この力もちは、深い歴史伝統があります。1200年も昔、碓氷の美が原
に碓氷貞光という武将がおりました。四天王の一人に数えられた貞光は、後に
源頼光と名乗り、非常に力持ちで、学問にもすぐれておりました。現在も、貞
光の力だめしの石という大岩が残っております。
 安政二年、安中藩の若武者95名が16組に別れ、安中城下大手前から碓氷峠熊
野権現様迄、七里七丁余りの中山道を遠足の競争があった時(現在の安政遠足
マラソン)、若武者をねぎらって餅が振る舞われました。体力の元になると
いうこの力もちです。また、皇女・和宮様も14代将軍・家茂にお興入れの折り、
碓氷峠の道中力餅をお召し上がられたといわれております。
 碓氷峠には、江戸時代まで歴史をさかのぼることができる名物「力もち」が
あります。難所の峠越えをする旅人に力をつけてもらうために、茶屋で出した
のが始まりです。古い歴史のもと、その手作り製法によるふる里の味は、今日
も変わらず守り続けられております。
 当店は、刎石山(はねいしやま)四軒茶屋より、明治26年3月、横川・軽井沢間に鉄道が開通し、
熊の平駅で力もちの駅売りをしていりました。昭和38年にアプト式鉄道の廃止、
熊の平駅の廃止により、当地坂本に移り現在に至っております。
               力餅製造元祖 玉屋ドライブイン 店主

この文章の中で気になったところがあって
インターネットで調べたところ、次のようなことが
分かりました。

Wikipediaでは、碓氷貞光は源頼光を主君として仕えた四天王の一人と
書かれているので、後に源頼光と名乗ったというのはおかしい?

そして、皇女・和宮のお輿入れは3万人の行列が50kmの長さで続いたと書かれて
いました。その際に、中山道も通りやすいように工事がされたとのことです。

力もちは、以前はもっと大きかったように思いますが、一口サイズの
小さなあんころもちでした。とてもおいしく食べることができました。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
碓氷貞光の力もち 信州の山奥で猫と犬と暮らす/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる